ルーツ

先日の敬老の日に、岡山のじいちゃんばあちゃんの家に遊びに行って来ました。

じいちゃんばあちゃんの家は山と田んぼと畑に囲まれた、田舎の見本のようなとこにあります。
昼間は近所のオッサンや親戚たちが勝手に家にあがってくるし、夜は文字通りの闇夜となり、普段東京で暮らしている私は「ここはホントに同じ日本なのか?」と思ってしまいました。

今年86歳のじいちゃんは、しゃべっている途中に入れ歯が外れてフガフガ言ってますが、それでも8割くらいは何を言ってるか解ります。ですが、岡山人の私でも、孫の私でも、正直2割くらいは何言ってるかよくわかんないんですよね。
なので、
「へぇ、そぉかぁ。」
「あぁ、ホンマぁ」
で切り抜けてます。
東京生まれ東京育ちのウチの嫁さんにしてみれば
・高齢ゆえに滑舌が悪い
・おまけに岡山弁のさらに田舎特有の方言を使う
 (イントネーションや語尾だけではなく、単語そのものが意味不明)
・しかも時々フガフガ
ということで、じいちゃんの言ってることは半分も解らないそうです。。。

そんなじいちゃんも、50年以上吸ってきたタバコを3年前にやめて、体は健康そのもので、足腰も丈夫です。
先日も軽トラで出掛けたものの自宅への帰り道が分からなくなり、どこかに軽トラを乗り捨てて、10時間以上歩き回って帰宅したそうです。
てっきり川に車ごと落ちて死んじゃったと思い込んで遺体を安置する準備を始めていたばあちゃんは、
「おぅい、戻ったでぇ。」
とヘラヘラ笑いながら帰宅したじいちゃんをみて
「幽霊が帰ってきたか思うたがぁ」
と言ったそうです。
そんなじいちゃんの夢は、100歳の人がたくさん出る某テレビ番組に出演することだそうです。
あと14年、頑張って長生きしてな。
・・・って、じいちゃん、その番組もう終わっとるがな。

じいちゃんの弟で、神崎(かんざき)のおっつぁんという人がいて、
神崎のおっつぁんがカニを食べに連れて行ってくれました。
ほぼ食べ終わった頃、おっつぁんのもとに一本の電話がかかってきて、おっつぁんはこう話してました。
「おぉ? いま【カニの○○】で食い終わったとこじゃあ。あぁ?ホンマかぁ。そりゃ悪ぃことしたのぉ。」その場にいた父もじいちゃんも私も嫁さんもみんな、おっつぁ んが友達か誰かとの約束をすっぽかしたのかと思って聞いていました。確かにおっつぁんは約束をすっぽかしていました。

ただ、その相手は友達ではなく、おっつぁんが自分で電話予約していた別のカニのお店でした。。。
最初に我々が【カニの○○】に入っておっつぁんが予約の名前を告げた時に、店員さんが予約名簿を何度も何度も確認していた訳がようやく分かりました。
そりゃあ、予約したお店と違うお店に来とんじゃもん。なんぼ名簿を見たっておっつぁんの名前が見つかるわけねぇわなぁ。
それにしても、おっつぁん、予約をすっぽかしただけでなく、追い打ちをかけるように
「いまライバル店で食事中」
と正直に話すなんて。。。そこはウソでも
「行けなくなったのに連絡できずゴメン」
くらい言うとかんと。

最後のデザートを食べながら、おっつぁんがこう言いました。
「あれで、『次はちゃんとウチに来てください。』いうて招待状でも送ってくりゃあ行ったるのにのぉ」
傍からみればとんでもないおっつぁんですが、身内となるとこれが武勇伝のごとく語り継がれるんですよ。
少なくとも、私が生きている間はこの思い出話で盛り上がるでしょう。

東京に戻る日の朝、家から歩いてすぐのところにあるご先祖様のお墓に参って来ました。
じいちゃんのお父さんとお母さん、つまり私のひいじいちゃんとひいばあちゃんも眠っています。
この、ひいじいちゃんというのが、いわゆる呑む・打つ・買うが激しかったようで、今でいう「家一軒買える位のお金」を一晩で使ったりして、たくさんの山と田んぼを手放したそうです。
残念ながら私が生まれる前年に他界し、仏前の写真と、じいちゃんや父が語る思い出話でしかひいじいちゃんのことを知ることができませんが、相当やんちゃな人だったようです。

東京では岡山弁を話すこともほとんどない私ですが、地元に帰りゃあ自然と岡山弁になるんよ。
代々岡山の田舎で培われてきたDNAを受け継いどんじゃけぇなぁ。

神崎のおっつぁん、じいちゃん、ひいじいちゃんに比べれば、
自分はまだまだ小物だなぁと思い知らされた敬老の日でした。

【あとがき】
父が「あと20年もすりゃ、ワシも今のじいさんみたいになるんかのぉ。」
と嘆いていましたが、きっとそうなるよ、血筋だから。

東京に戻ってきて私が
「親父はああ言ってたけど、俺もあと50年もしたらああなっちゃうのかなぁ。」
と言うと、嫁さんがこう言いました。
「絶対そうなるよ、血筋なんだから。」

 

東洋のエーゲ海 牛窓にて
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T.O.