僕の両親に関する昔話を一つ。
僕の父は昭和14(1939)年生まれでして、僕が大学生の時に病没しているのですが、その没後に母から聞いた話。
父の母、つまりは僕の祖母ですが、北海道の某市で非常に有名な洋服店に生まれました。街全体が物凄い勢いでしぼんでしまった現在では見る影もありませんが、当時は市内の女性の殆んどがそのお店で洋服を購入すると言われたぐらいの繁盛ぶり。したがって、相当裕福な環境で祖母も父も育ったようです。
父は後継ぎ候補だったにも関わらず、東京に出て遊びまくりたかったらしく、高校の同級生たち、その多くは商店街の若旦那候補生たちなのですが、彼らと語らって東京の私立大学に揃って進学。
⇒僕の東京への進学動機と寸分違わないところが嬉しい。
昭和30年代中頃の話ですから、北海道の田舎町としては、異例の状況かと思われます。
で、たいした勉強もせずに遊びまくった末に帰郷した父。真面目に仕事に打ち込むでもなく、慣れ親しんだ店を徘徊していると、上京前には見たことが無い女性店員が一人。
洋服店ですので常時10人近い女性店員が働いていたようですが、その女性は群を抜いてメンコイ。しかも何となく洗練された物腰で、明らかに他の店員とは違う。
とは言え、自分のところ(正確に言えば伯父の店ですが)の従業員をいきなり誘うのも如何なものかと、父は父なりに遠慮していた模様。
そのうち、この女性にお見合い話(当時は恋愛よりもお見合いの方がメジャー、かつ安心)が持ち上がりました。というか、結婚の申し込みが周囲から殺到したそうです。その中の一人とお見合い、となったんだそうです。お店が仲人。
ちなみに、そのお相手というのが、お相撲さんで、兄は大横綱、弟も超有名な大関。まぁ、それはそれとして…。
そうこうしているうちに、そのお見合いの「噂」を聞いた父。ぬぉ~と思ったようで、一計を案じた模様。と言っても話もしたことがない女性のお見合いに対して、ぬぉ~となるのもどうかと…。
そして、お見合い当日。
料亭にて粛々とお見合いが進む中、突然、襖を開けて父が座敷に乱入!周囲の人たちには目もくれず、女性に近寄り、その場でプロポーズ。しかも言ったセリフ(自然に出たというよりは明らかに考え抜いたセリフにしか僕には思えない)が、
「俺は貴方を初めて見た瞬間に妻にすると決めていた。結婚して欲しい。答えがNOあれば俺は生きる意味を失うので、ここで死ぬ」
その勢いに圧倒された女性は、思わず、
「はい」
と答えてしまいました。そして父は女性をその場からさらっていったそうです。残された方々のお気持ちは…。後片付けが大変だったことでしょうねぇ。
もちろん、その女性は僕の母なのですが、母も東京の私立大学を卒業し、縁あって花嫁修業として勤めていたそうです。父とは同い年。
父のことは、お店で何度か見かけた程度。ですが、かなりの男前だったそうで、しかも有力な跡取り候補ですので、母なりにちょっと気になっていたようです。
そんな父の好きな映画が「卒業」だったのですが、この話を母から聞いた時、あ、なるほどねと納得した次第。
いやはや、この一点のみにおいて、僕は絶対に父には敵わないと断言。人、いや男としての器が違う。よくよく考えると無茶苦茶な、かつ非常識な話ですが。
by Y.I