こんにちは。銀座の営業です。来週で45歳になります。娘も来年から小学生です。
高校生の頃、40過ぎのオジサンたちを「異次元」「宇宙人」、極論すれば「邪魔」
とさえ思っていたのですが、いざ自分がその立場になってみると「いくら馬鹿な高校生
とは言え、自分はなんて酷い(失礼な)ことを考えていたのだろう」と反省する事しきり。
バブル全盛時代に社会人となり、巷からは「新人類」と言われた同世代も、
今や居酒屋で集まっては「最近の若い連中は意味不明」とくだを巻いている始末。
歴史は繰り返す、というのはどうやら人類共通の真理のようです。
とは言え、さすがに「老境」にはほど遠く、まだまだ・・いや、それどころか、
実質的に我々の世代がビジネスの最前線、文字通り「働き(働かせられ)盛り」という
自負もあります。若いもんには負けない!という思いよりは、まだまだ上の世代に
畏敬の念を持っている=とても敵わない、という思いが正直なところ。
なんて考えていたのですが、言葉の定義では40歳を過ぎたら立派な「初老」だそうで
確かに目はかすむ、体のあちこちが微妙に痛い、若い頃は自分も輝いていたはずと
勝手な妄想をする等は当然としても、電車で漫画を読んだり、AKBの写真集を
眺めたりするのは恥ずかしいかも、と思うようになるはずです。
⇒ ちなみに私は河西智美さんがタイプ。Perfumeはのっちが好きです。
でも、本来、「老」というのは単に肉体的な衰えや記憶力の低下を示すものではなく、
江戸時代の「大老」「老中」という幕府の役職名にも示されているように、
一般的なレベルより成熟した「大人」という意味が含まれているようです。
なので「初老」というのは成熟のスタートではないか?と勝手に判断し納得しています。
年を重ねること自体は誰にでも出きることですが、成熟するためには努力が不可欠。
あまり他所様のことをとやかく言えるほど私自身も立派とは程遠いオジサンですが、
東京に居ると、特に通勤電車に乗っていると、男女の区別無く、未成熟で単に年を
とっただけの方を多く見かけます。
もちろん外見やちょっとした言動のみからの判断ですので、真の姿(心持ち)ではないかも
しれませんが、それにしても「とても子供を教育すべき大人とは思えない」方がごろごろ。
これからも修行、鍛錬の日々ですが、少なくとも、
「子供が見ている前で信号無視はしない」
これだけは肝に銘じていこうと思います。
by Y・I